執筆者:荻野晃也
電磁波問題は1980年頃まではレーダーなどの高周波・電磁波が中心でしたが、「配電線からの電磁波(この場合は磁界)被曝によって小児白血病が2.98倍に増加している」とのワルトハイマー論文(米国・1979年3月)が発表されたことが極低周波・問題のきっかけでした。
丁度、米国・スリーマイル島原発事故と同じ月の発表だったこともあり、話題になることは少なかったのでした。それ以来、私は送電線・配電線・変電所と小児白血病との関係論文・報告書などをこまめに集めていて、現在までに何と84件もの文献があり、その多くは1.5倍以上の増加率を含んでいるのですが、問題なのは「その原因のメカニズム」が今なおハッキリしていないことです。
それでも世界保健機関WHOの関連機関である国際がん研究機構IARCは2001年に極低周波・磁界に対して「発がんの可能性あり:2B」に指定をしたこともあり、EU諸国などを中心にして、被曝低減対策が行われるようになったのですが、残念ながら日本では2011年3月11日の福島原発事故の直後の3月末に、50/60Hz低周波で世界最高の200μTの規制値を決定して、すぐにリニア中央新幹線の建設認可をしたのでした。
とにかく日本は「悪影響が確定するまでは安全」との立場を変えずに、「疫学結果を採用せず、長期影響を無視して決めた国際非電離放射線防護委員会ICNIRP」の2010年のガイドラインを採用したのですが、2000年以降に0.4~10μTの規制を決めた国や自治体も多いのです。
最近の研究で驚くのは「タブリジ論文(イラン2015年)」です。送電線周辺での小児急性リンパ性白血病ALLが3.651倍にもなっていて、「妊娠中にX線被曝を受けた場合と同じ程度」なのです。低収入層の多い場所での調査ですが、多くのALL要因の中では環境関係では最大だったようで、それを図にしました。
「タブリジ論文」によると、「低収入層の多い場所」を選んだ理由として「携帯電話やパソコンなどの使用者がいない」ことを上げています。この論文を読んで、日本で行われた大掛かりな疫学研究だったのですが、研究途中の段階の評価で、「12の評価で全てに最低評価(A,B,Cの内のC)の烙印」を押されて研究の継続が打ち切られたことで有名な「兜報告(日本2002年)」でもALLが4.73倍だったことを思い出したことです。
研究継続が打ち切られたことで、小児白血病と小児脳腫瘍の研究結果は英文論文として後になって発表されましたが、家電製品・使用と小児ガンとの関連研究はいまだに論文にはなっていないのが残念です。電気毛布・カーペットは極低周波が、電子レンジは極低周波のみならず高周波も強いですから心配になります。
また、変電所近く(距離が30mと50m)の2つの小学校(平均磁界は0.245μT)と遠方(距離が610 mと1390m)の2つの小学校(平均磁界は0.164μT)とで10~12歳の児童の「記憶や複唱力を見るテスト(作業記憶力・字数の配列力・順唱力・逆唱力など)」を比較研究した「ガダムガヒ論文(イラン2016年)」もあるのですが、変電所近くの児童に「能力の低下」が見られるとの内容でした。
この様な研究が最近になって途上国から増えてきているのです。
1990年代には化学物質過敏症と同様な「電磁波過敏症」の存在も報告されていて、その全人口における割合を推定した研究が18件もあります。台湾の報告が最大で13.3%なのですが、日本最初の調査結果だといって良い「北條論文(2016年)」では3.0~4.6%だとのことです。
最近になって、私が一番心配しているのが生殖に関する悪影響です。私の調べでは精子への影響研究は、極低周波被曝で44件、携帯電話などの高周波被曝では119件もあるのですが、何と8割前後は「悪影響報告」なのです。鶏卵などの卵や胎児への影響研究は極低周波・高周波被曝で115件もあるのですが、実に90件は何らかの悪影響を示しています。
それらの原因として、電磁波刺激(物理的ストレス)による活性酸素増加・カルシウム漏洩・遺伝子損傷・オートファジー影響などが考えられていますが、まだメカニズムは不明のままです。最近の研究の多くは、イラン・中国・台湾・トルコ・エジプト・インドなどであり、何故か欧米・日本などの先進国の研究は僅かです。
経済優先の結果でなければ良いのですが、心配になります。「北條論文」によれば、冷蔵庫などや携帯電話などが電磁波過敏症の原因の上位を占めている様ですが、磁界強度だけではなくモータや携帯電話の信号からの変形波形が問題なのかもしれません。スマートフォンの極低周波強度も結構高いですから、スマートフォンに関しては、ブルーライト障害以外の用心も必要です。
いずれにしろ「危険な可能性が高く、後で取り返しがつかなくなる様な場合」を考えて、欧州を中心に進められている「予防原則:Precaution principle」思想で厳しく対応する必要があると私は考えています。「予防」という言葉の英語には「Prevention」と「Precaution」とがあるのですが、前者は「危険性が確立した場合の予防」なのです。
地球温暖化問題に対処するためもあり、ユネスコが「環境とPrecaution思想」の報告作りを計画した際に、日本の環境省を中心にして「環境政策における予防的方策・予防原則のあり方に関する研究会」を作り検討したのですが、「Precautionを一部でも取り入れたい」との環境省に対して、他省庁の反対が強くて「Prevention」思想のみの結論になってしまったようです。
「この研究会の開催案内」を官庁入口の電光掲示板で知った私は、すぐに「環境省の公開室」へ行き「傍聴を希望」したのですが、「秘密の会議だ」として拒否されたことを思い出します。大学の教授や市民団体の代表も参加している研究会であるにもかかわらず、「秘密研究会」が開催されていることに驚いたのでした。
力の強い官庁の主張で秘密会になったようですが、原発推進・電磁波推進・化学物質規制・地球温暖化対策停滞などの問題が、「Precaution思想」と深く関連しているのですが、日本の環境団体の多くが今なお「Precaution思想を軽視している」ように私には思えてなりません。「Precaution思想」が広がっていたなら、「福島原発事故も防げたのではないか」と考えると本当に残念な気持ちになります。
予測出来ない様な自然災害の多い日本こそ「Precaution」思想が重要なのではないでしょうか。「技術には何らかの落とし穴があり、完全ではない可能性がある」のですが、日本では昔から「万々が一を考えて」とか「祟りを恐れて」とかいわれていますが、それこそが「Precaution思想の反映だ」ともいえるのではないでしょうか。
2016年8月に京大で開催されたリスクに関するシンポジウムで「国際リスク研究学会元会長のレン博士の基調講演」がありましたが、その最後のスライド結論には「不確定性が高く解決していない場合はPrecautionが必要である」と書かれていたほどです。残念なことですが、この日本ではリニアやLEDやスマートメーター設置や地下送電線埋設を浅くするといった電磁波による悪影響被曝を強要する様な政策ばかりが行われているように私には思えてなりません。少しでも「Precaution思想」を広げたいものです。