全国で多発する通信基地局の設置をめぐるトラブル、広島県尾道市・向島町(ソフトバンク、ドコモ)、東京都目黒区・八雲(KDDI)のケース、楽天は住民に配慮

執筆者:黒薮哲哉

5G導入を促進する空気の中で、電磁波による人体への影響を懸念する世論が徐々に広がっている。それに伴って通信基地局に関するトラブル相談が、全国からメディア黒書に寄せられている。本稿では、その中から2つの実例を紹介しよう。

広島県尾道市向島町のケース(ソフトバンク、NTTドコモ)と、東京都目黒区八雲(KDDI)のケースである。

しかし、その前に手短に電磁波による人体影響が認識されるようになった背景を手短に説明しておこう。電磁波問題を理解する上で不可欠な要素であるからだ。

◆総務省の規制値の何が問題なのか?

電磁波による人体影響に関する研究が本格的に始まったのは、1980年代である。最初は、送電線や変電所(超低周波の電磁波)近くに住む子供に白血病や脳腫瘍が多発していることが米国で指摘された。1990年代になり携帯電話が急激に普及し始めると、携帯電話に使われるマイクロ波の安全性に関する研究がはじまった。そして2011年にWHOの外郭団体、IARC(国際癌研究機構)が、マイクロ波に発がん性がある可能性を指摘した。

2018年には、アメリカの国立環境衛生科学研究所のNTP(米国国家毒性プログラム)の最終報告がだされ、その中でマイクロ波と癌の関係は明白と結論ずけた。オスのラットに心臓腫瘍が出現したとする結果を公表した。

左の図に見るように、電磁波(放射線)は、エネルギーの低いものから、高いものまでさまざまな帯域がある。電磁波の研究が進んでいなかった時代は、右側(オレンジ色の部分)だけが人体影響を及ぼすと考えられていた。ところが最近の研究で、電磁波(放射線)はエネルギの大小にかかわりなく全帯域が危険とする見方が有力になってきたのである。

マイクロ波についていれば、マイクロ波が発する「熱」によって人体が受ける影響さえ考慮して規制値を定めれば十分だとする考えから、それ以外の「非熱作用」(遺伝子の破壊など)も考慮に入れて規制値を定めるべきだとする考えが有力になってきたのである。

ところが日本の規制値(電波防護指針)は、1989年に決められた関係で、「熱作用」しか考慮に入れていない。欧米で問題になっている「非熱作用」の方は完全に無視している。

その結果、1000 μW/c㎡ (マイクロワット・パー・ 平方センチメートル)というまったく規制にはなっていない数値が、30年以上も放置されているのである。繰り返しになるが、これは「熱作用」しか考慮していない数値にほからない。「非熱作用」は、完全に無視しているのだ。

これに対して欧米では、電磁波の性質が解明されてくるにつれて、国の規制値に先行して、地方自治体などが独自の規制値を設定するようになった。マイクロ波には「熱作用」だけではなく、遺伝子毒性などの「非熱作用」があることが明白になったからだ。その結果、規制が厳しくなった。たとえば次の数値である。

欧州評議会の0.1μW/c㎡

しかし、欧州評議会の0.1μW/c㎡という数値でさえも安全とはいえないとする専門家の報告もある。世界の著名な研究者がまとめた「バイオイニシアチブ報告・2012年度版」は、次のようにマイクロ波の危険性を指摘している。

 

2007年以降、携帯電話基地局レベルのRFR(無線周波数電磁波)に関する5つの新しい研究が、0.001μW/c㎡から0.05μW/c㎡よりも低い強度範囲で、子どもや若者の頭痛、集中困難、行動問題、成人の睡眠障害、頭痛、集中困難を報告している 。(監修:荻野晃也、訳:加藤やすこ)

日本人の間で、これまで電磁波問題についての認識が薄かった理由は、マスコミがほとんどこの問題を報じないからである。電話会社は、マスコミの広告・CMスポンサーなので、電磁波問題は避ける傾向があるのだ。住民がバカだからということではない。

 

◆広島県向島町のケース

広島県尾道市では、基地局設置をめぐる住民と電話会社のトラブルが勃発している。問題になっているのは、ソフトバンクとNTTドコモが向島ドック株式会社(尾道市向島町)の独身寮の屋上(写真)に設置を計画している基地局である。

住民たちは、向島ドック株式会社とソフトバンクに対しては計画を断念するように繰り返し申し入れている。質問状も送付している。しかし、現在は膠着状態が続いている。

わたしはソフトバンクとNTTドコモの担当者に、メールで状況を説明するように申し入れたが、何の回答もない。

向島町では、2007年にもNTTドコモが基地局の設置を計画したことがある。この時は、住民たちが電磁波問題の専門家・荻野晃也を講師に招いて学習会を開き、計画を白紙に戻させた。そんなこともあって住民の間に電磁波問題についての認識はある程度定着している。

 

◆東京都目黒区八雲のケース

目黒区八雲でも通信基地局の設置をめぐって、住民とKDDIの係争が起きている。住民たちは「携帯電話基地局設置に反対する目黒区八雲住民の会」(以下、住民の会)を結成して、KDDI基地局を撤去させる運動をはじめた。

問題のKDDI基地局は、目黒区八雲5丁目にある低層マンション「THE ARK」の屋上に設置されている。直近の住民宅まで10メートルの至近距離だ。窓を開けると、すぐそばに基地局がある。

基地局の撤去を求めている住民のひとりAさんは、2年ほど前に八雲5丁目へ引っ越してきた。その時は、既に基地局が設置されていたが、それが基地局であるとは知らず、物件を仲介した不動産会社からも、水道設備であると説明されたという。

KDDIは、Aさんからの苦情を受けて現地を訪問し、電力密度を測定した。その結果、Aさん宅のテラスで4.531μW/cm2だった。欧州評議会の勧告値が0.1μW/cm2であるから、45倍の強さだ。遺伝子毒性など「非熱作用」を考慮すると、危険な数値ということになる。

「住民の会」は、「THE ARK」のオーナー・河村貞子氏に対して、2度に渡って文書で基地局の撤去を申し入れたが、現時点で回答はない。

そこで8月12日に、危険性を知らせるチラシの配布(QRコード付き)を始めた。その中で署名を呼び掛けている。ULRを紹介しておこう。

■ビラと署名

KDDI広報部のコメントは次の通りである。

黒藪様

お世話になっております。KDDI広報部 堀内です。
お問い合わせの件、以下のとおり回答申し上げます。

Q:電磁波による健康リスクについての貴社の見解は。
・当社は総務省が定めた、人体に影響を及ぼさない電波の強さの指針値等
 (電波防護指針)を示した「電波防護指針」に則り電波を利用しています。
・現時点では、非熱作用については実証されていないと認識しております。

何卒、よろしくお願いいたします。

 

◆楽天は住民に配慮

楽天の基地局に関する相談も寄せられているが、これについては全部解決している。住民が設置に反対すれば、基地局を設置しないというのが楽天の方針のようだ。

改めて言うまでもなく、重大な責任があるのは電話会社の活動を規制しない総務省にほからない。

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